2025年度決算総会での代表挨拶

      2025年度決算総会にて(2026年3月22日)

皆さん、こんにちは。それでは本日の決算総会にあたりまして、代表の私の方からご挨拶を差し上げたいと思います。

今日、何を話そうかと色々考えていたのですが、あまり私自身、自分のことを皆さんに詳しくお話ししたことがなかったような気がしまして、「なぜ私が彩星の会にいるのか」ということをご存知ない方もいらっしゃるかと思いましたので、少しお話ししようと思います。

自身の生い立ちと家族の物語

私は大分県の出身で、18歳で高校を卒業して大学進学のためにこちら(東京)に出てきました。私の父も母も元々は同郷の大分出身で、二人とも大学時代に東京に住んでいました。実は小学校高学年から中学の途中まで二人は同級生で、東京の中央線の中で偶然再会し、そこから付き合い始めて結婚したという経緯があります。そんな二人を見て育ちましたが、実はあまり仲のよろしくない夫婦で(笑)、私は一人っ子として祖父母と同居し、周りが大人ばかりという環境で育ちました。

母は、私が大学卒業後に地元へ戻るものと思っていましたが、私はこちらで就職し、嫁にも行かず仕事ばかりしているという状態で過ごしていました。最初に就職したのはイトーヨーカドーというスーパーで、27歳頃に東京の商品部門に異動しました。朝早くから夜10時、11時に帰宅するという非常に忙しい生活を送っていました。

母の異変と「肉じゃが天ぷら」の記憶

その頃、電話での会話などで「ちょっと変だな」と感じることはありました。母は元々機械が得意ではありませんでしたが、特に印象に残っているのは携帯電話の使い方がわからなくなったことです。番号を押せば出られるはずなのに、そのやり方がわからなくなっていました。

今思えば、あの頃すでに(症状が)始まっていたのだと思います。家で同居していた祖父が「最近ご飯の味がおかしい」と言い出したこともありました。母は元々料理が得意な方ではなかったので、最初はあまり気にしていなかったのですが、一度衝撃的なことがありました。 実家に帰った時の晩御飯に天ぷらが出てきたのですが、その材料が「玉ねぎ、じゃがいも、人参、牛肉」だったんです。「お母さん、面白い材料使ったね」と言うと、「たまにはこういう変わったのもいいやろ」と返されましたが、今思えば、最初は肉じゃがを作ろうとして、途中で何を作っているのか分からなくなり、天ぷらになってしまったのだなと分かります。

離れて暮らす家族としての想い

「もっと早く気づいていたら、また少し何かが違っていたのかもしれない」と思うことがあります。後で分かったことですが、母は自分でも道に迷うことや車をぶつけてしまうことに相当悩んでいて、家計簿の隅にその苦しさをメモしていました。 母が亡くなって17年経ちますが、自分自身が当時の母の年齢に近づいてきたこともあり、最近よく当時のことを思い出します。

私は母のそばにいてずっと介助をしていたわけではないので、これまでこうした場で自分の体験をお話しすることを控えてきました。しかし、「離れて暮らしていた人間だからこそ気づけるポイント」や、「離れた場所からどうやって家族を支え、自分の人生を生きながら会話をしていけるのか」ということについて、もっとお話ししていってもいいのかなと最近思うようになりました。

家族会の意義と法人化に向けて

ここには、現在介護されている方、すでに見送られた方、あるいは研究者として支えてくださる方など、様々な立場の方がいらっしゃいます。それぞれが感じた気持ちを、いろいろな言葉で分かち合い、支え合っていける場として「家族会」の大きな意味があると感じています。

これからお話ししますが、こうした想いを含めて「法人化」をしたいと考えています。法人になっても、今の温かい雰囲気はそのままに、そして(定例会後の)二次会も大切に続けていきたいと思っています。

今日はこれから総会、そして定例会となります。色々なやり方に挑戦していきたいと思っておりますので、どうぞ今後ともご協力をお願いいたします。ありがとうございました。

2026年 3月22日
彩星の会代表 大野 裕子(おおの ひろこ)

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■大野裕子《プロフィール》
 大分県大分市出身、杉並区在住
 慶應義塾大学文学部卒業
 目白大学大学院生涯福祉研究科修士課程修了(社会福祉学修士)
 株式会社イトーヨーカ堂子供衣料担当ディストリビューター
 東京都議会議員事務所職員
 社会福祉法人ぐらんま理事長(兼事務局長)(現職)